20歳23話

時を超えて示してくれたこと

夜8時頃、彼女が車の助手席で握った手を太ももに置いたままじっとうつむいている、それに気づいたのは僕が彼女の家の前で少し話をしてから見送ろうかととりとめのない会話を彼女に投げかけた時だった、彼女からの返事はなかったがとっさにそれは体調不良や何か僕に対して試すような素振りでもなく、硬い顔で下を向き思い詰めた様子だった。「ん?」彼女にかけた言葉も壁に当てたボールのように返って来て全く手応えがない、無視とも違う、僕が今隣に存在していないとも思ってはなさそう、次に「どうしたの?」と聞いてもさっきと同じ反応、そして僕はだんだんと今の状況が深刻になっている事を理解したが何がそうさせているのか分からず混乱していき矢継ぎ早に彼女へ問いかけ始め「何々!?」「どうした!?」「なんで!?」こんな感じで色々と呼び掛けてみるものの暖簾に腕押しで途中から実は車内には誰もおらず彼女の幻影を見ているんじゃないかと思ったほどだ。1分位経っただろうか、呼び掛けを続けていると彼女が身じろぎをして衣擦れの音が僅かに聞こえた。その瞬間僕の呼び掛けに反応し会話が始められそうだと取り敢えず安心し期待した。「どうしたの?」と彼女に再度問い掛けるとそれまで硬い顔をした彼女の顔が憂鬱な表情でどこか不満気な顔に変わっていった。何かを言い出しそうな雰囲気でもないし、かと言ってただ沈黙したいわけでもない、ただ彼女が何かに不満を感じている事だけは分かったのでとにかく僕は何度もどうしたのか問い掛けた、しかし不満の糸口は見つからず彼女の顔は変わらなかった。そんな状況に業を煮やしてきた僕の方もだんだんとイライラしてきて彼女への問いかけも語気が荒くなりそれに呼応するように彼女の顔は強張り鋭い視線を度々僕に向けまた下を向く行為を繰り返した。そんなやり取りにお互いに疲れたのか、あるいは彼女が呆れたのか「今日はもう帰る?」の僕の言葉にどこか諦めた恰好でか弱く「うん」と言い車を降りアパートへ帰って行った。

 あれから10数年、ふと彼女の事を思い出す度にあの車内の状況、彼女の様子を浮かべているとあの時の答えがしばらく経って一緒に出てきた。車内で何が起こったのか当時は全く分からなかったけど、それから自分なりに色んな人に出会いそして沢山の事を出会った人達から教えてくれ経験してきたことであの時の答えがすんなりと出てきたように思う。あの日僕は彼女を実家に連れていき僕の部屋で2.3時間過ごした。今まで彼女を家に連れて行ったことがなく一度僕の部屋を見せてあげたいと単純に思ったからで彼女も結構乗り気でそんな彼女を見て楽しかった。車で彼女のアパートまで迎えに行き僕の実家までの車中も楽しく過ごした。家に着き彼女と一緒に玄関から階段を上がる途中でたまたま母親とばったり出くわした、当然僕は彼女として母親に紹介し彼女と母親は互いに満面の笑みで挨拶し合った。挨拶もそこそこに僕と彼女は部屋に入り2.3時間のたわいない会話で盛り上がっていた。ただこの時彼女が心のどこかで僕に対して足りなさを感じていたはずだった。結婚願望が強く早くから家庭を持ちたかった彼女…生まれてくる子供の名前も決まっていて家庭に対し憧れがあり、兄弟の結婚話をいつも楽しそうに話していた。彼女にとって母親との対面は未来の見える微笑ましく誠実な機会を作らなければいけなかった、『ただの彼女』で『ただの紹介』ではいけなかったのだ、車中でのあの黙りこくった態度こそ誠実で未来に対して思いが強かった証であり、そんな当たり前を全く分からなかった僕の方こそ軽薄で誠実さのかけらもなかった。  僕の事を思ってくれていた証、精神的に辛い時にいつも優しく気にかけてくれたこと、仕事に対して興味を持たせようとしてくれたこと、いつも未来の事を話していたこと、何より僕の事を好きでいてくれたこと。誠実とは最初から最後まで信じ想い、やり通そうとする行動、意志なんだという事を誰よりも教えてくれたのが元彼女で、それは時を越えて不意に知らせてくれる、僕はこれだけは忘れまいと掴んだ手からこぼれ落ちないようにしっかりと握りしめておかないといけないものだから。それは僕にないものだからこそ、元彼女の事を尊敬しているからこそ。

過去の話
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