21歳42話
最悪の結末になった例の武装勢力人質事件。事件から一か月経った頃、弟から恐ろしい情報が伝えられた。大学から帰宅してきた弟から「人質事件の殺害動画がインターネットに上がってるらしいで~」と廊下ですれ違いざまに無邪気に告げられたが、弟の目から悍ましい状況になっていることが伝わってくる。そんな映像があるなんて恐ろしい事この上ないが、好奇心なんてものではなくて衝動が倫理を突き破って僕の気持ちはその映像を「見たい」ではなく「見る」だった。その日の19時過ぎ、僕は原付バイクに乗って姉の家に向かっていた。いつもはお菓子とジュースをお供に姉の家に上がり込むのだが、持って行ったのはタバコだけ。姉のマンションにある駐輪場はマンション入り口から右に左に進みながら入り組んだ狭い一本道の先にある指定されたバイク置き場に停めなければいけない。バイクを停めに行く途中、自分の心臓がざわざわしていて、心はどす黒くなっていることがはっきり分かる。姉は夜勤で不在、玄関に入ると当然辺りは真っ暗、パソコンが置いてある部屋まで続く真っ暗な廊下がそのままイラクで起こった事件のあの部屋まで続いているような感覚がする。季節がらリビングにはこたつが置かれてあり、上にパソコンが置かれてある。僕はリビングの電気も点けずにパソコンを開き、弟から件の動画があるサイト名を検索ボックスに入れるのだが、すでに指先は震えている。サイトは英語のサイトでどこをクリックしたらいいのか分からないが、サイト内をじっくり見渡すとふとあの青年の名前が英語で書かれている箇所があった。僕はなかなかクリック出来ず一分ぐらい躊躇していた。衝動がそうさせたのか悪魔に魂を売り渡した瞬間があったのか、僕はそれをクリックした。心臓が今にも止まるんじゃないかと思うほど残酷で自分のモラルがいともたやすく蹂躙されるくらい冷酷な手っ取り早さ。生から死への節目を見せつけられ、ただただ茫然とした。その日は姉の家には一人で泊まらず早く家に帰って家族に会いたかった。姉の家から出てエレベーターを待っている時に、自分の背後や死角が気になる…駐輪所がある階に着いてバイクが停めてある曲がりくねった一本道を歩いていても周囲…背後…建物の角に来るたび誰かが襲ってくるんじゃないかと終始恐怖にかられながらバイクが駐車してある場所まで向かった。現実にこの世には殺し屋がいる、テロリストがいる。遠い国の考えづらい殺人じゃない。殺人者は居る。バイクに跨りマンションを出た時、開放感と殺人者から逃げ出せた安心感で武者震いをしながら家までバイクを飛ばした。