中東
毎日毎日イラク戦争のニュース、テレビに映し出されるのは米軍がライフル片手に瓦礫と化したバグダッドの街を闊歩している映像ばかり。戦争がいつ始まったのかも、いつ終わるのかも分からない。
イラク戦争(イラクせんそう)とは、アメリカ合衆国が主体となり、2003年3月20日からイギリス、オーストラリアと、工兵部隊を派遣したポーランド等が加わる有志連合によって、イラク武装解除問題での、イラクによる大量破壊兵器保持における武装解除進展義務違反を理由とする、『イラクの自由作戦』の名の下にバアス党政権下のイラクへ侵攻がなされたことで始まった軍事介入であるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF%E6%88%A6%E4%BA%89 【ウィキペディアより】
思えば中東という世界をそこそこ知ったのはイラク戦争によってで、それまで中東と言えば「石油」「砂漠」「イスラム教」ぐらいのイメージ。それが今では中東というと「米軍」「荒廃した石造りの街」「テロ」のイメージになった。ニュースでの戦闘シーンは開戦直後の流星群のようなミサイル攻撃の映像のみ。その後は自爆テロの映像がたまに流される程度。いつものようにテレビを眺めていると日本の青年がイラクの武装集団に拉致されたというニュースが飛び込んできた。続けて映し出された映像には仄暗い部屋でアラビア語か何かで書かれた旗をバックに人質として捕らえられた日本人が日本に助けを求めている様子が映し出された。なにやら武装集団は犯行声明を出し、その内容は日本政府が48時間以内に、イラクからの自衛隊撤退に応じなければ殺害すると脅迫していた。日本から8000㎞離れたイラクという国。毎日ニュースで何となくそんな国があるんだなという感覚がそのニュースで一気に現実味を増し、イラクからはるか遠く離れた今テレビを観ている自分でさえ神経が一気に張り詰めた。その日以降もテレビのニュースは人質事件の話題ばかり。青年のこれまでの足取り、人となり、なぜイラクに入国したのか等。日本国政府は青年の解放のために力を尽くすとの事だが、小泉首相がはっきりと自衛隊撤退はしないと言った時は恐怖と諦念の気持ちが入り混じり半ば力が抜けたような状態になり、心の中で「マジか…はっきり言うてもうたやん」と呟いた。数日後、青年が殺害されたという報道を聞いた時自分の命が取られたような感覚に襲われて虚脱感に陥り、改めて自分には命があり生きているんだとそれ以上言葉が見つからなかった。