
20歳19話
バイトを始めてもうすぐ3ヵ月が経とうとしている、仕事も大体覚えてきて緊張感もだいぶなくなってきた。タバコ休憩は店長のゴーサインがあった時だけ許されたがバイトの人員が増え店長とシフトが被る日が少なくなってきて店長がいない日は鍋さんと組むことが多く自由奔放な彼につられて吸いたい時にタバコをばかばか吸い始めた。レジ真横のカーテンが吊るされた奥には約1メートル四方の場所に丸椅子がひとつポツンと置かれた休憩場所があった。休憩場所で二十歳になった自分にしみじみとしながらタバコをふかし学校に行くという苦行からの開放感、安堵感を感じながら目の前のカーテンをぼんやり眺めていた。自分とは違い真面目に勉学に励む人、僕より追試が2つ3つ多いのに追試や補習に行くクラスメイト…自分が怠けている、サボっている、逃げている…そんな気持ちが自分のなかで反芻し始めると心がヒリヒリしだし急に焦燥感が背中にのしかかってくる、そうするともう一人の自分が「そうじゃない、今そんな気持ちは感じなくていい」と別の自分が語り掛けてくる。これが自己弁護なのか単純な優しさなのかは分からないが今思えばそんな嫌な気持ちを真面目に受け止めると更に自分を追い込んでしまうのを防いでくれる自己防衛反応だったんじゃないかと思う(正直今もこういう思考はしてしまう)
その頃からだろうか、リストカットする場所が肩から胸全体へと変わり夜な夜なカミソリをゆっくりと胸に沈みこませるある種の儀式が始まった、儀式が終わった後一階にある風呂場の脱衣室にある鏡の前で無作為に切り刻まれた赤い異様な網の目の傷を満足げに見ながらホッと一息、悲しい特別な人になれたと満足し少しの幸せを感じていたのだった。
こんな分かりやすい体であるにも関わらず彼女は自分の家でお風呂から上がった彼氏の体を見ても特段驚くわけでもなく一息ついて慈愛の目を僕の体へ向けるのだった、彼女は深刻に受け止めていないわけじゃなく彼氏の身の回りに起こっている状況に対し冷静に優しく接して理解しようとしてくれている様子が彼女の振る舞いで僕はよく分かった、彼女が精神福祉科コースであり心に問題がある人に対して道義的責任からそのような振る舞いになったわけじゃなく純粋に心が優しい人だからで、僕が彼女の事を好きなのはそういうところでもあった。
そういえば八月に入り色んな学科をまたいだ同学年の生徒で日本海にバーベキューへ行った、計十五人位だったかな車を3台くらい用意して…専門学校前で待ち合わせそこから3,4時間くらいかけて高速道路を使い日本海側に向けて楽しい日帰り旅行が始まった。集合場所に着くと案の定僕は質問攻めに合い追試を見送ること、補修にも行かない事など…クラスメイトは理由を聞きたがっていたが自身のヘビーな状況を詳らかに話すわけもいかないのでいかにも何かわけがありそうな顔つきで「まぁいろいろとあってな~」とはぐらかした、もっともこの質問攻めから早く切り上げたかったのは今の自分の人生(学校を辞め週三日程度のバイトをするただの人)を直視したくない引け目から来ていた。クラスメイトは一通り僕に質問すると何事もなかったかのようにこれから始まるイベントに向け嬉々として車に乗り込み始めた…約3時間のドライブが終わり地元のスーパーで買ったバーベキュー用の食材を手に海岸脇の駐車場に降り立ったクラスメイト達、そこから歩いて1分もすると砂浜と海が見えてきた。海岸に着くと地元の泥水のような海と違い透き通った海面に太陽の日差しがキラキラと溶け合っている海が広がっていた、海岸には僕達以外は誰もおらず貸し切り状態のようで海を独占している気分になった。バーベキューをするやつ、ただひたすら海で泳ぐやつ、酔っぱらって海パンにガラケーを入れたまま海へ飛び込み携帯を水没させるやつ…。 浮き輪に身体を入れ海からバーベキューをしているクラスメイトを見ながら自分との身分の差をひとまず忘れ気の向くまま浮かび続けていた、自分の人生にもこんな陽キャイベントがあることに満足しながら限りある思い出の一つを満喫した。
