19歳18話

 自由への転落

 8月に入った頃だろうか、僕と母親は専門学校2階の生徒指導相談室で担任の先生と向かい合わせに座り今後どういった形で学生生活を行っていくのかを三人で話し合った。前提として僕はもう学校を辞めることを伝えた。すると担任か『休学』という制度がありまた学校に通いたくなるまで籍を置くことは可能ですよと言われた。母親はそれに食いつき休学の内容に関して担任に対して質問攻めをしていた。廊下と室内がガラス越しに作られており時折目を廊下に向けたり、担任の背にある大きな本棚にある沢山の学術書に目をやりながら話し合っている担任と母親の声を不謹慎ながら聞き流して話し合いが終わるのを待った。考え込む母親の顔を見て担任が提案してくれた休学の二文字が頭にちらつき退学という事は一旦保留にしますと嘘をつき担任の先生に前言を撤回し話し合いは終わった。 

 その日の帰り道僕は原付で学校まで来ており帰り際バイクのシートに跨った時だった、急に雨が降り出し量もとてつもない、雨具もなにも持ってきてはいなかったが僕自身雨に濡れるのは嫌じゃなく今でもそこそこの雨だろうが平気で濡れて帰る。びちゃびちゃになりながら家に帰り着いたことを母親に連絡するためカバンから携帯を取り出すと携帯は見事に水没、完全に死亡していた。 

 追試日を通り過ぎた辺りから真のモラトリアム生活を肌身に感じ心も体もどんどん軽くなっていく、が同時に人生にもやがかかっていく様子もハッキリと感じられた。いわゆる社会という僕にとってはとてもついていけない負荷の高い場所(介護実習で胃ろうをされている入居者を見た時に味わった重苦しい感情)誰からも見えない、誰からも交わらない、もやのかかった実家でただひたすらゲームとたばこをやりたまにバイトに行く日々が始まった。バイト先という場所は社会ではあるが僕にとっては厳しく辛い所というより諸先輩方に甘えられ、彼らの生活を見せてくれる観察所だった……だらだらバイトしながらその日暮らしをしているように見える先輩…心のどこかでこの人達が人生を失敗する結末をどこかで予期している自分がいて、でもそれは僕の中で正社員、企業に勤めることが正解だと考えている自分の強迫観念、思い込みを証明したいからに他ならなかった。社会から逃げていく自分の行動と考えが矛盾していることは重々承知している、それでもいつか自分自身が社会的に安定している仕事に就きたいという思いがあるならば、逃げる事を克服して安定した仕事に就くんだろうなというぼんやりした考えというか願望はほんの少しだけど頭の隅にはまだあったように思う。とはいうものの僕の生活は自堕落そのもので週三日のバイトそれ以外は家でゲームたまに彼女の家に遊びに行くくらい…この先学校を辞めてから就職活動なんか一ミリも考えていない、とにかく社会的なモラトリアムを全身で浴びるだけ浴びたい、社会に対する意欲なんて一ベクトルもない。なんでこんなにモラトリアムを感じたいのかというと僕は子供のころから母親に将来の事を真剣に考えなさい、自立しなさい、とまぁ当たり前なことを脅迫するようにいつも言われてきた(非生産者なんだからこそ頑張れ、頭も心も何もない人間なんだからこそしっかりやれ、18歳過ぎたらびた一文もあなたにあげない等という…なんでここまで強く言葉にして言ううだろう?とは思った)なので小さなころから社会に対する恐怖感が子供心にすごいあった。母親から具体的にこうしろああしろというものが無いことが余計に将来に対する漠然とした不安を増長させた。 

 モラトリアムというと高校を卒業した辺りから使われる言葉だと思われているがその範囲は生まれた時点から使っていい言葉だと僕は思う。小中高と毎日どこか将来の不安感と緊張感、人の目を気にする性格が自分の人生を引っ張っている事を少しは感じていて、一方で自然体でやりたいことをやり学生生活が多少ラフでもドロップアウトせず高校卒業後しっかり自分の人生を歩め安定した生活を送っている同級生は沢山いる。今考えるとそんな人達を見るにつけモラトリアム期間中の使い方が上手いな~と思ってしまう。モラトリアムの時期にその時間の使い方が上手い人間は自分の裁量権でもって思いっきりだらだらしたり飽きるまで遊んでいるように思う、そこに精神的な辛さ苦しさなんて微塵もない、むしろメンタルが良すぎて意欲が溢れ興味のあるものはどんどん触れて回る(実際そういう人を何人も見てきた)その延長線上に社会があるならば少なくとも僕なんかより社会への滑り出しは不安もなくいいだろうな~と考える。僕は無意識的にというより本能的にそんなモラトリアムを感じたかったんじゃないかと思うし社会に出るまでに自分の裁量権を使う楽しみや経験は結構重要なんじゃないかと思う。僕がモラトリアムを浴びたいのは社会から逃げたいという気持ちも勿論あるがそれ以上に自由な時間を特に家族から何を言われる事なく自分の意志で満喫したかったのだ。その後の人生がどうであれ早い段階でモラトリアムを楽しく消化しておかないと僕のように大人になって金を稼がなきゃいけない時期にぐうたらな生活を欲しがるようになるのを身をもって感じた。(モラトリアム期間中有意義な時間を過ごした皆が皆その後社会的に安定しているとは思っていなくて少なくとも僕の知っている範囲の話でした。)

過去の話
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