18歳1話

ある朝、神妙な顔をした母親から少しトーンを抑えた声で

そう告げられた。母親の顔は不安げでその感情は僕に対してのものだったのだろう。こんな心配そうに母親から声をかけられたのは初めてだ、僕は健康だし、バイトもしてるし、彼女もいるし、専門学校には行かなくなったし、左肩にカミソリで好きなロックバンドのバンドネームを入れたし…

 なぜこうなったのか、なぜ病院にいくのか、心当たりはある

高校卒業

 僕は高校を卒業後、市内の福祉専門学校に入学した、小さい頃から親の影響もあり福祉関係の仕事に興味があった。小学校の新学年ごとに行う教室でクラスメイトにする自己紹介は「将来の夢は福祉関係の仕事に就くことです」と、小学校三年生位から高校まで、テンプレートとして使っていた。小さい頃から将来が不安で怯えていた自分にとって、<あがり>を決めておくことは、その仕事をやるかどうか関係なく心の安定になった。どんな仕事に就くか悩まなくてもいいから…まぁ将来なんか不安やったわけ。その理由はまたいつか書くね。 

 専門学校に入学する前、福祉コースがある大学にも受験しに行った。テスト内容は確か小論文と面接やったと思う、その大学は親の地元にある大学で親と二人で電車に乗って行き、親の実家で二泊?したと思う。筆記試験では前もって対策を練っていたこれからの福祉のあり方(ノーマライゼーション、バリアフリー等)テーマが二つある用紙に適当に書き込み、面接試験では前日に行った地元のサウナで変形してしまったメガネのレンズで歪んだ顔をした面接官にはにかみながら福祉について語ったと思う。テストが終わり日が落ちる頃じいちゃんが軽自動車で迎えにきてくれた…

 大学は不合格。福祉を学ぶ学校で合格できそうな所は専門学校くらいしかない。大学に合格出来る学力はなかった。専門学校の精神保健福祉科コース(たぶんコース名は合ってる)に願書を提出し、落ちた大学と同じ様なテストでこれまた同じような回答をして、合格発表を待った。大学入試に落ちた時は悲しかったけど、自分の学力を呪った事はない、机でじっとしていられない、授業中は大声で仲のいい友達と話す、寝る、ぼーと他事を考える。のくせに中学校の三年生の時は一年間、親に家庭教師と塾に週六日学ばせて貰った(塾の授業中ではペン回しの練習しかしてなかったけど笑)家庭教師の先生に教えて貰ってる時は何度も「話聞いてる?」と注意された(すみません、ぼーっとしてました) こんな感じだから学力なんて身につく訳がない、、、あっ、そうそう塾の先生って学校の先生よりおもしろいよね、塾での勉強の話は何も覚えてないけど、たまに脱線して学校の勉強と関係ない話がすごく面白い、覚えてるエピソードで面白い話があるけどまたいつか話すね。

 専門学校の合格通知はなぜか電話で知らせてきた。「精神保健福祉科コースは不合格だが、社会福祉科コースなら入学出来ます」なんじゃそれ、、、僕は精神医療福祉科コースに入りたかったのでまぁまぁショックやった。精神って捉えどころがなくて、曖昧で、抽象的で、なんとでも言えそうで、答えがないから一生食って行けるやん笑 って思ったわけ。福祉の仕事は答えがない仕事って言うのは今も思ってるけど、明日はどう思ってるのかはわかりません。

 専門学校の入学式は市内のホテルで行われ、前日に美容室で金髪に染めたベッカムヘアーをなびかせながらスーツでホテルに向かった。

⦅ミイラ取りがミイラになる⦆

 精神保健福祉科コースに落ちてフラグを折ったはずなのに、なんで折れたフラグを回収しに行ったんや…

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