19歳15話

 

 

 リストカットで初出勤

バイトの接客中、半袖から見える包帯が気になる。ホントに切っちゃったんだ、僕の人生にリストカットが追加された。どこかに転がり落ちていく心、そしてセピア色に褪せていく数日がいよいよ僕が社会から離れていくことを確実な物にしている。目下今の不安と言えば追試の事だが僕が今安心して身も心ももたれかかっている人がいる、バイト先で仲良くしてもらっている「鍋さん」僕より5つ年上で大学卒業後2年間海外で暮らしそして帰国、現在同じ雑貨屋で働いているお兄ちゃん、背が高く精悍な顔立ちでこめかみから顎までびっしりと生えたヒゲ、話しかけやすく、落ち着いたラフな人でたまにタバコを咥えながらレジを打つアウトローな人?だ。「イギリスにまた帰りてぇ〜」二人で話しているといつも口癖のようにこぼれるその言葉に僕はいつも食いついた、イギリスにいた頃の話、向こうでの仕事、チェコ人の彼女の話、ドラッグの話(ドラッグは人によって合う合わないがあるらしく、マリファナはなんとも感じなかったらしい、あとコークは値段が高いとか?) 

 やっぱり海外の話に喰い付いたのは理由がある、今僕は逃げ出したいから。何から逃げ出したいんだろう、強いられるもの、特に専門学校、思えば学校は子どもの頃から正直嫌だった、何が嫌かって何かをいつもやらされる、勉強、テスト、勉強、テスト、勉強、テスト、歌や演奏や自由研究の発表、夏休みの近くの公園で毎朝あるラジオ体操etc…言い出すとキリがない、結果的にはこれらの事は今とても役に立っているが、社会にいる以上何かしら試されているという制約みたいなものが昔から付き纏い不安が身体に染み込んでしまっている。受け身であること、流されること、それを耐えること、、、逆に自ら進んで何かをする事では意識的に耐えることは充実感が得られるが、その素晴らしさは当時の僕は分からずまだ十代後半でいわゆる社会人として生きたことがなかったのでやっぱり受け身のモラトリアム期間の中である意味生ぬるい不安に駆られていたんじゃないのかもしれない。もしかしたら専門学校に通っていなくてもいずれこういった心の問題に直面したのかもしれない。
 バイト中いつも鍋さんを見ていると思うことがあった。なぜフリーターをしているの?22歳以上の人は正社員で働いているものじゃないの?僕は小さい頃から親に学校を卒業したら正社員になるのは当然だと教え込まれていた。鍋さんを見ると自由で逞しい人間だと思えたが心のどこかで人生を失敗した人にも少しは見えた、それぐらい親から人生における社会人としての立ち位置を定められそれこそ毎日刷り込まれていたからだ。当時の僕はフリーターの人を見ると心が何かそわそわして来て他人事なのにすごく不安感を覚えた。学生生活ですらままならない僕が言えた立場じゃないのに…でも鍋さんの険しい顔から発する眼差しは鋭く自身の人生をしっかり見定めていて不安感を感じさせなかった。鍋さんの人生を達観したような振る舞いがそう思わせてくれていたのかもしれない。鍋さんであれそこらへんのフリーターであれ僕は彼らの安定を心から願っていた…?

 僕はもう普通の社会人にはなれなさそうなのは薄々わかっていたから、だからこそ鍋さんの人生が安定すると一つその道ができた時、僕がこのまま正社員になれなくても鍋さんの様な生き方があるんじゃないかと、人生の選択肢が増えるんじゃないかって………僕の不安を鍋さんに仮託していた時は少し心が安らいだ。モラトリアムの中でさえ小さくてもいいからそんな希望を見つけ、その最中(モラトリアム)でも不安を少しでも抑えたかった。人生にあがりなんてない。普通にバイトをして心さえ健康ならそれはそれでいいんじゃないか、実際鍋さんは人生に不安はあっただろうが、絶望なんてしていなかったから。

過去の話
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