鏡の前

21歳44話

 殺されることを考えれば自傷行為なんて大したことじゃない。脱衣場の鏡の前で真っ赤な網の目状の傷跡を見ながら落ち着くことない心と無気力な人生を生きている自分が少々可哀そうな気もしてくる。頭の中で蜷局を巻いた怪物はまだしばらくそこに住み着いているようで時折り頭をもたげてこちらを覗いてくるが件の事件への説明がもう出来なくなっていた僕は半ばその事件を忘れたフリをして毎日やり過ごしていた。来年ハワイへ旅行に行くが海に入る時に上半身裸で大丈夫なんだろうか?常夏の島とリストカット…エキセントリックな組み合わせだな…そんな事を鏡の前で懸念していた。

 まだ卒業もしていない元クラスメイトと自分は何も変わらない。そうやって卑怯に自分を説き伏せてみたって来年で卒業する彼らと自分の差が埋まるわけでもない。同じ時間軸で生きているのに社会の中で人としての個体が違う事は肌感覚で分かる。湧き出る不安だって無限に時間はあるし今日出来ることは明日もしない、モラトリアムを先延ばしにするほど今が楽になる。過去の時間の流れは変えられないが未来の時間の流れや伸縮は思いのまま自由自在。未来とモラトリアムの組み合わせは自堕落な者にとって最高のお薬だ。自分の人生はこんな感じで進んでいくのだろうか?始まっても終わってもない事は確かだがこのまま何も始まらず終わりが来ることもなくもやもやした状態が永遠に続けばいいのに…

 ニートの才能が今になってあるなと本当に思う。

過去の話
スポンサーリンク
スポンサーリンク
ねこのはいかいをフォローする
タイトルとURLをコピーしました