『飲みに行こ!!』

短い関係

 その人は喫煙ルームでいつもけだるそうにタバコを吸っていた、時折り前かがみになり両手を膝につき「しんど!!」と言いながらゆっくりと顔お上げた。僕たちはよく喋っていた、仕事の事、私生活の事、趣味嗜好等。その人は倉庫内をしんどそうにゆっくり歩く、だけど仕事の手際は良くてどのポジションをやらせても抜群に早かった。そしてリーチリフトが上手い。職場に入社してまだ三か月だった。もうそろそろ電話番号の交換のタイミングかなと思っていた矢先だった。朝いつものように喫煙ルームに入ると僕よりいつも早く来ているその人が居ない、朝礼の十分前になってもその人は来ず他にもいた喫煙ルームの人たちも「どうしたんやろ?」と言い始めた。僕が「寝坊ちゃいます?あの人毎晩浴びるように酒飲むし」違う派遣先の人が「そうやったらええけどな」と不吉な事を言い出した。朝礼に行くために禁煙ルームを出る時に「大遅刻であってくれ!!」と皆で言いながら朝礼現場に向かった。朝礼現場でその人の派遣元の社員にその人がまだ来ていない事を伝えると慌てて電話をし始めた。この時まだ遅刻の連絡をしていないという事はまだ寝ているか『何か』があったんじゃないかと嫌な予感が頭をよぎった。結局午前中にその人は会社に来ず昼休憩に入った。昼食を終えて喫煙ルームで一服をしているとガラスのドア越しにその人の担当社員が慌ただしく横切って行った。嫌な予感はそのままに三時の休憩後だった。現場リーダーが僕のところに来てその人は昨日自宅で倒れ救急車で病院に運ばれ今朝集中治療室から出たばかりだったそうだ。続けてもう職場への復帰は出来ないだろうと付け加えて伝えられた。僕は動揺を隠しきれず業務をこなしていた。途中動揺が悲しみに変わり何度も涙が出てきそうになった。なぜ?なんで?あの人が倒れなければならないの?楽しく一緒に仕事をして冗談も言い合い、仕事では協力して業務をいつも終わらせてきたのに。特に私生活が充実して幸せそうだった人がなんでそんなことにならなあかんの?残酷というより理不尽。というか単純に悲しすぎる。その人の事が好きだったのは仲が良かったのはもちろんあるけど、どこか自分と似たところがあったから、独身で一人が好きだけど寂しがり屋で…そんな気持ちがその人にめいいっぱい投影されてホントに悲しくなってくる。  今日その人が乗っていたリーチリフトに僕は乗って業務をしている。間違えて乗ってしまった時に「俺の愛車に乗りやがって」って怒られたこともあったっけ…リーチに乗りながら溢れそうになる涙を抑えながら倉庫の隅の方にある商品をピッキングしている時に「飲みに行こ!!」とその人から言われた言葉が聞こえてきた、商品を手に取りパレットに移すとき堪らず涙がこぼれてきた。 

 現状その人がどういう状態なのか分からないけど早く良くなって欲しい。そしてできるならば戻ってきてほしい、寂しいから。

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